彰栄保育福祉専門学校で私の担当する音楽の授業をご紹介します。
本校では入試の際、音楽経験は全く問いませんし、入学前に一定の(音楽の)宿題を課すこともしていません。その結果、当然のことですが、入学後の音楽指導における学生の個人差は、もう、それはそれは恐ろしいほどのものがあります。ベートーヴェンやショパンをバリバリ弾きこなす学生がいるかと思えば「ドレミ読めません」「ヘ音記号って何ですか」「ピアノさわったことありません」という学生までいるのです。
しかし、私たち音楽の教員は、いちいちそこでびっくりなどしていられません。学生は1年生の後期試験後、一人残らず実習に出ます。実習先では「実習生さんが入るこのクラスのこどもたちは、実習時期にこんな歌を歌っていますから、ピアノ、練習して来てくださいね」と言われ「私、初心者なので弾けません」とは言えないのです。さあ、どうしましょう。
幸い、彰栄のピアノ指導は11人の教員による完全個人レッスンですので、学生の音楽経験の程度や性格、器用さ不器用さなどの性質を踏まえ、一人ひとりにあわせた指導内容・指導方法をとることができます。しかし、週1回の個人指導だけでは、よほど勘が良く飲み込みの早い学生ならともかく、正真正銘の初心者(音符を読むのも苦しい)を引っ張り上げることは至難の業なのです。もちろん、音楽の授業はピアノ実技だけではなく、楽譜を読めるようにするためのクラス単位の演習授業も同時進行します。
そこで、私が少ない知恵をふりしぼって考えたのが「助け合い作戦」です。これだけ個人差のある科目なのですから「ピアノで苦戦している学生、楽譜が読めない学生は、逃げ隠れせず、得意な学生に助けを求める!」 「音楽が得意な学生は、苦手な学生を助けて手伝ってあげる!」を合い言葉に、音楽が苦手な学生の名前を掲示で、あるいは口頭でばんばん公表するのです。もちろん、学生には「名前の公表は学生に恥をかかせることが目的ではなく、みんなで助け合うねらいがあるんだよ」と、あらかじめ、しっかりと説明しておきます。
すると最初は名前を出されることを嫌がっていた学生達も、だんだん慣れて来て、恥ずかしがらずに周りの学生に自分から助けを求めることができるようになります。また「出来るようにならなくちゃ」という気持ちが芽生え、さらにそれを行動に移せた結果、上達して掲示に名前が出なくなると、大喜びで私に報告に来ます。私の方も、学生一人ひとりに目を向け、頑張った時にはみんなの前で心から褒め、ダメだった時には少々辛口の言葉ではありますが、やはり心から励まします。
一方、音楽の得意な学生も、自分が手伝ってあげている友達が少しずつ進歩することで達成感や一体感を味わえるようです。「人のために力を貸すこと」「進んで協力すること」は保育者にとって大切な経験ですから、音楽で余裕のある学生は、これら「助け合い」の経験からも、保育者として、また、人として一つでも多くのことを学んでくれれば、と思っています。
また、この方法は私自身にとっても思わぬメリットがあります。私は彰栄で就職指導も担当しているため、学生の顔と名前、個性などを把握しておくことが非常に重要なのですが「助け合い作戦」の音楽指導を通じて、入学直後から、イヤでも学生の名前を覚えますし、学生一人ひとりと言葉を交わすことが多く、叱ったり励ましたり、喜んだり泣いたりと、かなり濃く接することになります。時には学生から「先生、うちのお母さんよりうるさいよね」などと皮肉られることもありますが、そう言ってもらえるのも、良い意味で学生との距離が近くなった証拠かな、と前向きにとらえています。
音楽的な指導方法には正直、まだまだ課題があり、試行錯誤の日々ですが、純粋に「音楽を教える」ことはもちろん「保育者を育てる」という目的・責任を胸に、これからも頑張って行きたいと思います。また個性的な学生達とのふれ合いから私自身が学ぶことも非常に大きいので、感謝しています。